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意識低い式

テキトーに楽しく生きる、それでいいのだ

なぜ日本人は成金に厳しく、良家に甘いのか?

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「努力よりも家柄」の構図を作り出してるのは私たち

成金 青春経済小説

DAIGOと北川景子の結婚。どちらも好感度は高いし、微笑ましい。私も好き。

でも、なんだか祝福している自分が腑に落ちないのって、どちらも良いところのお坊ちゃんお嬢ちゃんだから。

なぜ日本人って成金には厳しく、良家には甘いのか?

もちろん、成金になるようなひとはたぶん相当な努力もしているけど、一方で戦略家であり、誰かを非情に蹴落として成り上がってきたような人なので、きっと敵も多い。

一方で、お坊ちゃんお嬢ちゃんは、愛されて愛されて愛されて生まれ、育ちもよく、ガツガツしていない。人から愛される術を持っているから、好感度が高くなるのは当然という考え方もできる。

なぜ私たちは良家に甘い?

いや、良家だって影で努力してるんだよ。二世タレントの多くだって、親のスネをかじらず、親の存在を隠して活動しているじゃないか、と言われても、「はぁ」としか言えない。

なんで庶民のあんたがそんなに良家をかばってるんだい?

それ自体がもう良家に甘く、成金に厳しい日本人の象徴じゃないか。

成金より良家が良しとされる4つの理由

これは完全に私の仮説なので、学術的な根拠もない戯言だけど、

日本には土地がない

政治に金がかかりすぎる

マスコミが世論を形成している

成金が珍しい

の4つがあると思う。

土地がない。故に地主が偉い

まず日本の狭さ。土地がない。だから土地を持ってる人が強くなる。元々の地主が偉くなる。という流れ。

最初に土地を買った人はいいよ。自分の金で買ったんだから。でも、その子供や孫は何もしていないじゃないか。

日本がもっとだだっ広い、みんなが1人一軒の家を持ってるなら問題ないよ。なのに、こんなに誰もが土地を持てないのに、ただ親が金持ちだからと子供や孫がもらえちゃうのはやっぱりズルじゃないか?

良家が作る政治とマスコミ

で、そういうことをいうと危ない人だとみなされる。これは2つ目の政治と金の問題とマスコミの問題によるもの。

これに異を唱えようとする政治家はいない。なぜなら政治家になるにはお金がかかるから。必然的に金持ちが政治家になる。自民党も民進党も共産党もほとんど金持ちの子供たちじゃないか。

マスコミは誰かを叩くのが仕事だ。それは人間が誰かを非難するのが好きな生き物だから仕方がない。でも、問題はその矛先が成金に行きがちということ。

良家は叩かない。スポーサーや政治家が良家だから。その分、成金をボコボコにする。結果として私たちは潜在的に「成金ってやっぱりダメね」と刷り込まれていく。

一定以上の富を望むのは悪とみなされる

そして最後が、成金になりにくいということ。成金は良家よりも庶民よりもマイノリティなのだ。

ジャパニーズドリームという言葉は日本にはない。いや、ないに等しい。一般人の模範解答は、一流大学に入り、一流企業もしくは国家公務員や医者、弁護士になること。それで十分すぎるし、努力の賜物と評価される。

これ以上の富を望むと、途端に非難される。型破りな方法は許されない。金のことしか考えていない守銭奴になる。しかし、その時、同じくらいの金を相続した良家には誰も文句は言わない。

このままじゃ外国の成金に負けちゃうよ

と、こんなことを私がここで言ったところで何も変わらないのはわかっている。

でも、もしかするとネットの時代、グローバルの時代、こうした封建主義な日本が変われるチャンスかもしれない。

ただ、ヘラヘラと良家にいい顔をするのは個人の自由として、せっかくなんのしがらみもなく自由な発言ができるインターネットがテレビを越えようとしている時代。

みんながもしかすると成金になれるかもしれない。私たちは良家にはなれないけど、もしかすると成金にはなれるかもしれない。

だからこそ成金や成金になろうとする人の足を引っ張るのはもうやめにしよう。