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負け組でも勝ち組でもない「引き分け組」の私たちがすべきこと

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中途半端な人間「引き分け組」はどうすれば幸せになれる?

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勝ち組、負け組という言葉は流行語を超えて、もはや普通に使われる一般用語となっていますよね。

 

何をもって勝ち負けを決めるかは人それぞれですが、たいていジャッジの要素に大きくかかわるのが、まず「お金」なのは間違いない。

 

年収、貯金額、持ち家の有無……などでしょうか。

 

25歳女性で年収2000万で都内にマンションを買ったなんて人はたぶん「勝ち組」ですし、35歳男性年収300万で貯金ゼロ、家もないといったらなんとなく「負け組」と見えそうです。

ただ、こう書くと「いやいや、年収300万で貯金ゼロ男でも、すげー美人の奥さんと可愛い子供がいる勝ち組かもしれない」とか「年収2000万でも結婚とは縁がなさそうなブス女なら負け組」なんて、ただお金の面だけで判断できないこともありえます。

 

基本的には勝ち組だけど、なにか重要なポイントが負け組というパターンもありえます。

 

美人でお金持ち、家は世田谷、結婚している、可愛い子供は2人、友達も多い、体も健康だ。だけど、どうしてもワキガが治らない。

 

その人は自分を勝ち組と思っているのか。

 

勝ち組、負け組にはお金、職業、住まい、結婚、健康、友達、趣味etc.。人生のいろんなことが混ざり合っています。

 

結局、勝ち負けを判定するのは自己申告制

たとえば「自分は日本で何番目に勝ち組か?」という質問があったとして、はたして何位にするでしょう。

 

「私は幸せだから1位!」という人もいるかもしれない。でも、きっと、ほとんどの人よりDAIGOと北川景子のほうがすべての面で勝っていますよ。

 

そういう面でも、多くの人は自分を勝ち組にも負け組にもジャッジすることができず、「引き分け組」になっているのではないでしょうか。

 

自分のことを考えてみると、私はフリーランスなんぞという今日は勝ちでも明日は負けかもしれないヤクザな商売なので一般の人とはちょっと違うかもしれませんが、一応収入の面ではわりと勝ってるほうかなと思っています。ちょい勝ちだけど。

 

ただ、結婚……。まわりの友達が続々と幸せになっていく中、いまだに結婚してない。これは明らかに自分を中で「負け」なのです。

 

他にもいろいろと自分にまつわるあれこれを検討した結果、自分に下した判定は8勝8敗くらいの「引き分け組」。

 

他人を蹴落としても勝ち組にはなれない

で、ちょっと話は飛びますが、最近ってやたら他人に文句をいう人が増えていますよね。

 

なんでもかんでも文句を垂れ流す。いちいち正論。つまらない世の中だなーと私個人は思っている。それは、バッシングによっておもしろいことが制限されている気がするので。なんでこんなクレーマーたちがのさばるようになったのか。

 

それは「自分以外の人たちを負け組に追いやりたい」という願望の現れなのではないかと。

 

たとえばベッキーの話

少なくともベッキーは私たちがテレビから観る限り、絶対的な「勝ち組」でした。美人ハーフで可愛くて、売れっ子だからお金も持っていたでしょう。頭もよさそうだし、友達も多くて。

 

そんなベッキーには不倫という負け要素があった。そして勝ち組から負け組へと転落していくのは、たしかに痛快に思えるかもしれません。正義感という武器を振りかざして彼女をバッシングすることははっきり言って気持ちがよい。それは私もわかります。

 

しかし、それで私たちは勝ち組に昇格できたのか?

 

何も変わらない。他人がどうなろうと、私たちは「引き分け組」のままなのです(厳密にいえば、ベッキーが落ちたことで誰か他の女性タレントは勝ち組に入り込んだかもしれませんが、それは私たちには関係ない)。なによりすぐまたベッキーは勝ち組に戻るんじゃない?

 

じゃあ、引き分け組の私たちがすべきことって?

他人と比べたり、足を引っ張ってもしょうがないのです。

 

誰でも勝ち組なところもあるし、負け組なところもある。それが自分。

 

だったら勝っているところをどんどん評価してあげて、自分は10勝9敗で「勝ち組」となるようにしてあげることが、もっとも幸せになる近道ではないでしょうか。プロ野球でもJリーグでも全勝するようなチームはありません。勝率が6割くらいで優勝できちゃうのです。

 

自分を「引き分け組」と考えること自体は良いことではないかと、私は思っています。それは勝ちもあるし、負けもあると自分を客観的に見れているから。

 

ただ、私たちに足りないのは、他人に誇れるほどの圧倒的な勝ちがない。でも、さきほど書いた通り、他人と比べてもまったく意味がないのです。自分にだけ「勝ち」を誇れればいいのです。

 

他人はどう思っても、自分は勝ち組だ。

 

そう信じてあげることが「引き分け組」から脱却することの唯一の方法なのです。きっと。